群馬県前橋市あすなろ歯科の野村です。
こんばんわ。
今日は診療後の投稿になりました。

さて、ノンバーバルメッセージってご存知ですか?
バーバルなメッセージは言語化されたもの。
ノンバーバルは非言語化のメッセージ。

多くのコミュニケーションは、
周囲の人からのメッセージを聴覚で聞き取る。
言葉を聞き、理解する。
しかし、それ以外のメッセージの方が多くの情報を持つ。

メラビアンの法則はご存知だろうか?
様々な解釈があるようだが、詳しくは
こちらを参照
一般的には、
55%=Visual (視覚情報:見た目・表情・しぐさ・視線)
38%=Vocal (聴覚情報:声の質・速さ・大きさ・口調)
7%=Verbal (言語情報:言葉そのものの意味)
の割合で、人のメッセージは発せられていると言うもの。

人は様々な形・方法で自分のメッセージを発する。
仮に、どんなにプラスの言葉を並べても、その裏にあるメッセージがマイナス感情を持っていれば、人は感じとるものだ。

言葉だけでなく、
普段の行動・日常の行動を目にする人はもっと感じとるであろう。

私で言えば、ブログだけを見ている人より、診療室で触れた人の方が私の本質を感じとるであろうし、
来院者よりもスタッフ、
スタッフよりもいつも一緒にいる家内の方が私の真のメッセージを感じとっていることと思う。

仮に「愛しているよ。」と言わなくても家族は愛しているだろうし、
「大事にしているよ。」と言わなくても伝わってくることは多々ある。
そしてその逆もしかりである。
どんなに言葉を並べても・・・・。

言葉すべてを否定するつもりはないが、
本当の姿、真のメッセージは自分の気付いていないときに発していることが多いように思う。

否、言葉が本当であれば、人は行動するものであると思う。
本当に自分の価値観から自分の発した言葉であれば、
行動が伴うものだと思う。
そこに行動や配慮、気配りがなければ、
その言葉には本当が見えない。

「愛している」「大切にします」「感謝します」「ありがとう」
どれも素敵な言葉であるが、
形ばかり取り繕った所で、その人自身の心理から発せられたメッセージでなければ、逆に醒めた感情が浮かぶ。

言葉がなくても行動があれば、うれしくなるし、認めたくなる

言葉を言い続けることで、行動が伴うことも多々あるとは思うが・・・。
やはり周囲にいる人としては行動が目に付く。

私を含め、人は認められい、承認されたい、そこに存在価値を見いだしたい
そんな希望や欲求を持っているものとだと思う。
しかし、認められるのは言葉ではなく、

その人が行った行動や努力、実績、成果であるとおもう。
行動の伴わない言葉には哀しい思いがする。

「前を見る。遠くを見る。」

言葉だけではなく、行動を・・・。

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